このタイトルの意味ってわかりますか?
「私は耳が聞こえません」っていう意味です。
この写真の赤い紙にはこう書かれています。
ハロー、
メリークリスマス。私は耳が聞こえない障害者です。家族を養うためにこのキャンディーを売っています。おひとついかがですか?$2かチップ付で$3?Thanks
私が初めて彼女をみたのは家の近くのNorthgate Mall。確か、そのときは友人Yちゃんとフードコートでアイス食べてたら、テーブルの上にさっとカラフルなミサンガと、これと同じようなメモを各テーブルに置いて回る彼女。そして数分後に回収にまわるのね、お金を渡す(ミサンガを購入する)人もちらほら。その時私は購入しなかったの。なんでだろ?気恥ずかしいさ?
それを忘れかけたクリスマスイブのこと、その同じ彼女にSouth Center Mallで遭遇。Donさんとフードコートでご飯食べてたときのこと。さっとテーブルにこのキャンディーが置かれ、振り向くと同じ彼女。そのときに、ふっと素直にお財布に手が伸びて、このキャンディーを購入。Donさんは少々不思議そうな顔してたけど。本当は3つ入ってたんだけど、あと2つはDonさん食べちゃった後の写真。
私はRICHなわけではないけれど・・・これってクリスチャンの心なのかな。Yちゃんはこう言ってました。「自分が裕福でなくてもお金を他人に寄付したりすることによって、自分にはもっと大きなものが帰ってくるんだよ。だから大事なことなんだ」って。沖縄でいう「ゆいまーる」の心と一緒だよね。あと、私のEX-JOBのオーナーお父さん(インド人)も、ホームレスの人、しかも毎回決まった人に毎回100円あげてたな。きっと、こういう気持ちって大事なんだろうね。まっ、なかには悪知恵の働く人もいるかもしれないから、寄付する場所は考よう・・・って思ってった私。だけど、疑う心より素直に人を助けたいと思う心が試されてるのかもね。
2010年最後に彼女に会えて、心残りをひとつ解消。Merry Christmas!でした。
2 comments:
いい話をありがとう!
昔、「たらいの水」という教えを受けたことがあって、このPOSTでその話を思い出したよ。
水を張ったたらいの中の1枚の葉っぱを手に入れるのに1番イイ方法は、水をかいて自分のほうに持ってこようとさせるんじゃなく、葉っぱがたらいの向こう側に行くように水をかく事。そうすると水が回り回って葉っぱは最終的に自分のところにくるんだって。寄付の心も同じだね。
何かを期待して寄付しても期待通りには行かないだろうけど、何も見返りを求めずに愛したり、寄付したり、人の力に慣れる人がどんなお金持ちの成功者や有名人よりも偉いよね。お金や名声は消えても心のあり方は消えないもんね。
人としてそうゆう心は大切だと思う。
今、日本では「タイガーマスク運動」というので騒いでます。
裕福じゃないけど、できることはあるはずだね。私にとってのたった1円を必要としてる人がいるよね。
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